クリスティーンの場合: ロラゼパム離脱~アカシジア、そして自死

    原文: CHRISTINE’S STORY: ATIVAN, WITHDRAWAL, AKATHISIA AND SUICIDE

    著者:

    クリスティーハーフ医師 Christy Huff, MD, FACC

    投稿:13th April, 2018

    クリスティーン アン ナーロックは、長い離脱症状との闘いの末に2017年6月16日に自死しました。
    彼女の夫、マイクによると彼女は人生を楽しむ知的な女性であったということです。彼女の笑顔はみんなを喜ばせ、会った人たちはみんな彼女を好きになったものです。また、敬虔なクリスチャンでもありました。彼女が自死する数日前、彼女は書きました。
    「わたしは23年間主婦として、また地元の教会に仕える身として人生を楽しんでいました。家族がいて、友人がいて、本を読むことも歌を歌うことも人々をサポートすることも愛していました。夫と家族を、その他のすべてを愛していました。しかし今、人間の理解を超えてわたしの人生はすっかり変わってしまった。」


    Ativan(ロラゼパム、ワイパックス)処方
    そのように満たされていた女性がなぜ自死を選んだか?
    2015年4月、甲状腺機能亢進症に起因する不安や震えの症状に対して、彼女はロラゼパム1mgを1日3回処方されました。処方の際、彼女はその薬に身体依存性があること、副作用について、また長期間服用すべきではないことなどまったくインフォームドコンセントを受けませんでした。最初のうちはロラゼパムは彼女の症状改善によく効きました。しかし2か月後、クリスティーンは別の症状群を発症しました。夫のマイクは疑いました。彼女はまったく彼女らしくない振る舞いであったし、たぶんきっとこれは薬のせいではないかと。クリスティーンは当時記しています。「眠ることもできず考えることもできず、体重はどんどん減り、沸き起こる不安と恐怖感、燃えさかる末梢神経、激しい痛み、希死念慮の日々」

    彼女は家族の面倒も車の運転もできなくなり、何人ものドクターを渡り歩きましたが誰も彼女の症状を診断できませんでした。結局、複数の医師の勧めで2015年7月、甲状腺摘出手術を受けました。医師たちはそうする以外なにも思いつかなかったわけです。手術を担当した外科医は、甲状腺が原因とは思えない、とマイクに言いましたが、他の医師たちに促され嫌々ながらも手術をすることに同意したのでした。
    案の定、彼女の容態は手術後も悪くなるばかり。希死念慮は強くなっていきました。自分の命が危機にさらされていることを悟って彼女は精神科医のケアのもとで入院しました。彼女はすぐに神経衰弱、全般性不安障害、線維筋痛症と診断されました。精神科医はロラゼパムをすぐに止める決断を下し、クリスティーンにそうすることが安全であることを保証しました。しかしながらその後約21か月間に起きたことは、安全どころか激烈な精神的、肉体的拷問だったのです。 
    ロラゼパムを止めたその日のうちに、クリスティーンは頭からつま先までの皮膚が燃えさかるような痛みを感じました。次の日には羞明と脳が暴発する感覚、そして30分ほどの意識喪失。意識が戻ると数時間歩くことができない状態、そしてヘルプコールも看護婦たちには無視されました。病院ではリスペリドン、ガバペンチン、ヒドロキシジンのカクテル処方をされ、極度に恐ろしい症状を抱えながらも6日後には病院を放り出されました。 その2日後に彼女はERに助けを求め、そこではじめてER医師が「ベンゾジアゼピン離脱症状」と診断したのです。

    一気断薬(訳注:英語ではCold Turkyといいます) そしてその後
    それから21か月間、彼女は苦しみ続けました。彼女の数ある離脱症状のうち最も辛いものがアカシジア(訳注:静座不能状態。じっとしていることができず症状が収まるまで何時間も動き続ける症状)でした。彼女の神経系興奮状態が強制的に彼女を、家の中を何時間も歩かせ続けるのです。昼も夜もなく強制的に、です。


    アカシジア発症中のクリスティーン(動画提供:Benzodiazepine Information Coalition)

    マイクは献身的に彼女を支え続けました。しかし妻のためにできることがほとんどない、という事実に打ちのめされます。いつもマイクは、妻に激しい痛みが襲ってくるとき、その額がせりあがるのを見て確認できました。彼女はそして汗が噴き出て震えだし、泣き叫ぶのでした。
    彼女はフェイスブックのベンゾジアゼピンサポートグループとクリスチャン系のサポートグループ、そしてベンゾジアゼピンインフォメーション協議会のアドボカシー活動に積極的でした。彼女は自分の激痛にもかかわらず、同じ苦しみを抱えているグループの仲間たちを励ますことに情熱をささげていました。
    サポートグループのコミュニティから好意的に受け止められていたクリスティーン、その死に心を痛めている近しい友人はこう語ります。
    『クリスティンは優しいこころを持っていました。彼女は自分がどんな状態にもかかわらず、他人を励まし、祈っていました。彼女は美しい絵を描いて自分の心を和らげました。彼女はまたアートワークで美しい聖書を作りました。彼女はわれわれにとって祝福だった。』
     
    『想像を絶するアカシジアやその他の安心や安寧や睡眠さえ許されなかった拷問を耐えてそして自死した者はクリスティーンだけではない。しかしそれでも彼女は他の被害者たちにとって大きな支えだったことは間違いない。彼女の信仰心はまったく衰えなかったが、それすらも(離脱症状の苦しみを耐えるのには)充分ではなかった。わたしたちサポートグループは大きな支えを失った。いまだに悲しみにくれている。』

    クリスティーン最後の日
    彼女が死んだ夜、クリスティーンはめったに使っていなかった電子メールアカウントで丁寧に手紙を書きました(以下抜粋)。彼女の言葉は、残酷なベンゾ離脱症状こそが、彼女の人生に終止符を打ったことを完膚なきまでに明らかにしています。 

    『マイクへ
    愛してる。このような形で終わるのは申し訳ないけど、神様を心から信じ魂をささげたわたしの限界まで頑張ったわ。もうあと1日すら耐えられない。あなたは素晴らしい夫だったし、もし誰かを好きになったら一緒になってね。わたしのために祈ることに時間を費やすことなく。神はお許しになるわ。また会いましょう。ハグして。
     
    家族へ
    あなたたちをとても愛してる。お別れするのがすごくつらい。わたしは生きようとしたけど、医者に処方されたロラゼパムで地獄を味わった。マイクが、わたしがどんな様子だったか少しだけ動画を撮ったので見てちょうだい。誰もわたしを助けることはできなかった。精神病棟ではわたしを絶対に外に出さず、クスリ漬けにした。わたしが苦しんだ精神的、身体的拷問は人間の想像をはるかに超えているわ。わたしの行為で、あなたたちの信仰心をゆがめないで。神は偉大です。彼はただ単にわたしには癒しを与えないことを選んだだけ。あなたたちは変わらぬ心で救い主としてのイエスキリストを信じて。

    教会のみんな
    私は生き残ろうとしました。もうできない。魂を勝ち取って妥協することなく熱心に主に仕えてください。私とマイクのために祈ってくれてありがとう。彼をよろしく。彼は最高だったわ。

    ベンゾと闘っている方々へ
    この凶悪な薬物について、世の中へ広め続けてください。
    私の現在の症状は次のとおりです:

    ・認容障害(訳注:Perceptual Distortion)
    ・アカシジア、さらに揺さぶられ打ち付けられ胸が2つに裂かれる感覚
    ・恐れ・パニック
    ・極度の不眠
    ・極度の神経痛
    ・自分が爆発してしまうような感覚
    ・てんかん
    ・1日に何度も悲鳴を上げ、泣く
    ・邪悪な考えが湧く
    ・PTSD
    ・離人感
    ・歩行困難
    ・食事困難
    ・喪失感
    ・激しい動揺
    ・感電しているような感覚
    ・自分の思考がまるで意味をなさない
    ・恐怖感とともに目覚めけして落ち着くことができず、1日中それが続く。ほんの時折ペンで絵を描くことができる

    まだまだあります。自分の症状のせいで今日は窓を割ってしまった。これは1時間半続いたけれど、その他の苦しみにくらべたらたいしたことはありません。』

    彼女は真夜中に静かに家を出て、空き地に向かって車を走らせ彼女の人生を終わらせました。検察側の調査結果によると、彼女はとても自殺したような苦しい表情をしておらず、穏やかな死に顔だったそうです。 しかし彼女の家族、教会、オンラインサポートグループの間で彼女がいなくなった喪失感はぬぐえません。
    クリスティーン、安らかに眠ってください。そしてあなたのおかげでベンゾジアゼピン離脱からひとりでも多くの被害者が救われますように。

    (翻訳&注釈:ベンゾジアゼピン情報センター 管理人


    著者:クリスティーハーフ医師 Christy Huff, MD, FACC
    クリスティーハーフ医師  Christy Huff, MD, FACC

    テキサス州フォートワース在住の認定心臓専門医。ダラスのテキサス大学サウスウェスタンメディカルスクール医学部で学び2001年にアルファ・オメガ・アルファ卒業。2004年セントルイスのワシントン大学で内科学修了。2008年テキサス大学サウスウェスタンメディカルスクール医学部で心臓病学を修了。2008年よりフォートワースで心臓専門医としてプライベートプラクティス(医師や弁護士などのフリーランサー)。2011年出産を機に退職し専業主婦。

    2015年健康を害し不眠対処としてザナックス(ソラナックス・アルプラゾラム)を処方され(訳注:不眠の原因はドライアイ症候群)2~3週間の連用で常用量離脱発生。ベンゾジアゼピン離脱症状について主治医および著名な神経科医からも回答を得られず、独自に調査し自分の症状がベンゾジアゼピン離脱症候群であることをつきとめる。
    地元の精神科医の助言のもと、ザナックスをバリウム(セルシン・ジアゼパム)に置換し、マイクロテーパリングでジアゼパムを漸減。自身の体験によりベンゾジアゼピン離脱症候群の厳しさとその危険性を認識することとなり、医大ではまったく教えられてこなかった事実に愕然とする。3年2か月のテーパリングをへてバリウムを断薬。断薬後1年経過した現在大きく回復。ベンゾジアゼピンの危険性と安全な減薬方法についての医師への教育、およびベンゾジアゾピン処方規制の必要性を啓蒙しつづけている。



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