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    なぜ“優秀な”医者が自死を選ぶのか

    原文:Why “happy” doctors die by suicide

    著者:

    パメラ・ウィブル医師 Pamela Wible, MD

    投稿:2018年8月24日

    彼はワシントンDCに住むスポーツマン。多くの学術出版物を世に出した卓越した外科医で、世界中の整形外科医を訓練し、プロスポーツチームとオリンピック選手をも受け持つトップ医師でした。その名はベンジャミン・シャファー博士。


    ベンは単なる外科医以上の存在で、町内の子どもたちから最高裁判所の判事まで、誰とも付き合いのある親切で繊細な紳士でした。特にユーモアのセンスは卓越で、まわりの誰もが彼のキャラや熱意に伝染してしまうカリスマ的な人でもありました。患者が痛みを抱えながら彼の診察を受けると、去る時は患者は笑顔で帰っていったものです。みんな彼を“ドクタースマイル”と読んでいました。ベンは人生の最高峰にいながらにしてその幕を閉じました。

    なぜ、自殺したのか?

    ベンは素晴らしい業績と魅力的な笑顔の下におおきな不安を隠し持っていました。彼は自殺する2ヶ月前、投薬方針の変更により抗不安薬を断薬したのですが訳注:ロラゼパムとアルプラゾラム、― そのリバウンドで更に大きな不安感と不眠に襲われ、毎夜の睡眠時間はほんの2〜3時間となり、そのような状態で毎日手術を行っていました。そのうち彼を担当していた精神科医が引退したので新しい精神科医が主治医となりました。そして彼をうつ病と診断しました。ベンが自死する8日前に、引き継いだ精神科医は別の薬(訳注:プロザック)を処方したのですが、それが彼の症状をさらに悪化させました。

    “薬は一生飲み続けないといけない”。

    主治医の精神科医にそう言われたベンは絶望し、普通の生活に戻れることはないと考えたようです。彼は妹にこう言い残しました。『…ゲームオーバーだ』。主治医の精神科医にはそんなこと(自殺)はしない、と言っていたようですがどうやら計画的だったようです。ベンはいよいよ入院しなければ、というときに、自分の未来、結婚、スキル、そのすべてが失われる。自分が精神病だと知られたらDCのスポーツチームのオーナーやプロ選手たち、患者も同僚もみんな去っていってしまうだろう、と恐れていたのです。そして(自殺)を計画的に行うほど頭は冴えていたのです。
    死の前日、週の後半の休暇申請をし、同僚たちは喜んで彼の持ち分を引き受けましたがベンは申し訳なさそうにしていました。そして2015年5月20日、息子を学校に送ると自宅に戻って本棚で首を吊ったのです。

    妻と二人の子供を残して。

    わたし自身(著者パメラ医師)が医学生時代に優れた学業成績の影に慢性的な不安症状を抱えていたこともあって、ベンには親近感を覚えます。というのも私もかつては自殺のことを考える明るい外科医でした。2004年、わたしは自分が世界で唯一の自殺願望のある外科医だと思っていました。― 2012年に自分の住む小さな町で3番目の自殺者であった有能な医師を偲ぶ記念碑を見つけるまでは。その方の公然たる死への哀悼にもかかわらず誰もそれがハッキリと自殺とは言いませんでした。ただみんな“なぜ?”をささやきあうだけです。わたしは真面目に“なぜ?”を知りたくなりました。そして医師の自殺者数を数えることにしたのです。
    ほんの数分で10人みつかりました。5年後、リストは547人にまでになりました。今年の1月までに757人にまでになり、今日現在それは1013人となっています。(シカゴ整形外科シンポジウムで発表された基調講演は、医師の自殺を防ぐためのデータと簡単な解決策をレビューしている)。
    1858年以来、医師の自殺率が高いことは報告され続けています。それから160年たってもその根本原因は解決されていません。医師の自殺は世界的な健康クライシスです。米国の場合ですと、毎年100万人の市民が“自殺で”医者を失っているのです。多くの医師に、自分の同僚に自殺者がいます。とある医師はある同僚が亡くなった悲しみにくれる暇もなく、立て続けに8人の同僚が亡くなった、語ってくれました。1,013件の自殺のうち、888人が医師で、125人が医学生です。大多数(867人)は米国籍、146人は外国人です。外科医が最も多く、つづいて麻酔医です。

    訳注:Surg : 外科医、Anesth:麻酔科医、FM: 、IM: 内科、EM: ER、OB/Gyn:産科医/婦人科医、Psych: 精神科医、Peds: 小児科医、Rads: 放射線科医

    しかし、専門医ごとの医師数を考慮して計算すると、麻酔医は他の医師よりも自殺で死亡する確率は2倍高くなります。外科医は第2位であり、そして、救急医師、産科医/婦人科医、精神科医です。



    男性自殺者4人に対し女性自殺者は1人。自殺方法は専門、地域、性別によって異なります。女医は薬のオーバードーズをよく使います。男性は、米国の場合ピストル自殺か飛び降りで、インド人の場合天井のファンを使用しての首吊りです。男性の麻酔医はすべての医師の中で最もリスクが高く、ほとんどの場合オーバードーズです。たいてい病院のコールルームで多くが死亡しています。わたしの登録簿にあるドクターの自殺者リストは、6年の間に(2012年〜2018年)ご家族、故人と既知の仲であったご友人、同僚から提出されたものです。それと、非公式のホットラインで何千人もの医師と話しました。それとあわせて分析すると、意外なテーマが見つかりました。

    大衆意識としては医者というのは成功者であり頭がよく経済的に豊かで一般的な生活問題には縁がない、と思われていることでしょう。患者からしてみれば医者が最も自殺率の高い職業とは思えないでしょう。さらに困惑するのは、“優秀で幸せそうな(訳注:'happy')”ドクターが自殺をする、ということです。彼らは明るく、楽観的で自信満々に見える人々です。ディズニーランドからちょうど戻ってきてすぐ、ファミリークルーズのチケットを買ったその後、手術に成功しチームに“よくやった!”とサムアップしたすぐ後。それらのほんの数時間後、彼らは自分の頭をピストルで撃ち抜くのでした。
    医者とは、変容と切り分けの達人なのです。自らも幸せで、特に他の人を幸せにする日々を過ごしている人たちは、自分の絶望を隠すのでしょう。 1858年の心理医学マニュアルから以下の抜粋を読むと、自殺で失った多くの素晴らしい医師達のことを思い出させます:
     
    ”フランスの有名な俳優カルリニは、深い憂鬱を抱えていてとある無名の医師に相談に行きました。医師はイタリアンコメディを彼に勧めました。“というのも”、医師は言いました。“カルリニ、君の鬱は根深い。カルリニという人格そのものを取り除かなければ”。“なるほど!”。カルリニは叫びました。“たしかにあなたに診察に来たのは私、カルリニでした。”“わたしがパリを笑いで満たせば満たすほど、わたしは憂鬱と悲しみの犠牲になるはずということか。それもそうですね”

    俳優、芸術家、医者、世の中に大きな影響を与えている人々の多くが精神的に苦しんでいます。しかし医学生ですと、精神的健康と優秀な成績の両立に問題はありません。つまり自殺は医療現場における職業的障害(ハザード)になっているのです。医師は現場でオンザジョブPTSDを発症します。とくにERの現場ではそうです。たとえ医療過誤がなくとも患者の死に直面すると自己嫌悪に陥る可能性があり、自殺は究極の自己懲罰なのです。間違いを犯さない人間はいません。医者の場合、間違いを犯すと法廷で、テレビで、新聞で公に晒されます。そして記事はネットに永遠に残ります。医者としてわたしたちは人生を、― たとえ意図しなくとも ― 他人に害を与えてしまうかも知れない、という恐怖の中で生きています。

    医師を責めることは自殺を増やす。
    「燃え尽き症候群」や「resilience」のような言葉が医療機関が医師を非難し貶めるためによく使われていますが、それは医療制度の不備により非人道的な労働条件を医者達に強いていることに対する説明責任を完全に放棄しています。医師が職場・仕事のうえで罹った精神的健康傷害で休職勧奨などをされると、ドクター本人はさらに絶望的になります。医師が助けを求めることがこれまたリスクがあるのです。医師がセラピストや主治医の精神科医との診療内容が医療委員会に漏れることがあるのです。なぜなら上司はその医療機関の電子カルテに違法にアクセスすることができるからです。ですから医師は多くの場合、メンタルケアを受診する際は街を出て遠くのクリニックまで運転し、偽名を使い現金で診察代その他を支払い、州の助成やヘルスプラン、医療保険の申請などはわざと避け、つまり隠れて診療を受けているのです。医師はその偉大な倫理観でもって、自殺前には受け持ちの患者を全員チェックし検査結果をレビューし議事録を指示することがよくあります。多くは、友人、家族、スタッフに自殺の理由を詳述し謝罪的な心のこもった遺書を残しています。ある自殺した整形外科医の遺書にあった一文です。

    患者さん全員を治せなくて申し訳ありません

    医者はただ苦痛を終わらせるために自殺を選びます(けして死にたいからではありません)。ドクターの自殺。もしわたしたちがその隠匿、汚名、(社会的)懲罰をやめれば防ぐことができます。サポートがないから医師は苦痛を永久に終わらせるために人生でもっとも悲しい決心をしなければならないのです。わたしはかつて自殺を図ったものの失敗し、生き残った医師に尋ねました。「あなたが自死を決めた後、それを実行に移すのにどのくらい時間をかけましたか? ― それがオーバードーズであれピストル自殺であれ」
    答えは“3〜5分”でした。
    医師の自殺について目を向けないことはさらなる医師の自殺につながります。彼らの自決の直前まで何も手を差し伸べない、というのはもうやめませんか。それら悲しい出来事は何ヶ月、いえ何年も前からのいろいろな出来事の連鎖から生じたことなのです。
    ― 今日、たった今から、“ハッピーな”ドクターに手を差し伸べてください。特に麻酔科医と外科医に。彼らは“助けを求めたり泣いたりなどしないよう訓練を受けたプロフェッショナル”であるがゆえ、こちらから声をかけてあげるべきです。

    〜〜〜〜以下、記事に対するコメント〜〜〜〜

    ― コメント①
    ERドクターのコメント
    ワォ! パメラ、君の記事、“なぜハッピーな医師が自死を選ぶのか” を読んで正直ぶっ飛びました。君は僕が本音を打ち明けられる世界で唯一の人間かもしれない。僕は君の登録簿リストに載る自殺者ではないが、天井のファンはしょっちゅう見つめています。無意識に?あやしいですよね。僕はいつも明るくて輝いている“ハッピーな”ドクターです。ERドクターとしてチームのスタッフも患者もみんな僕に“いつもそのままでいてください”なんて言います。
    でも、ええ、悲しいかな、僕も不安です。徐々に未来に希望が持てなくなってきています。友人は医者だからこそ、こんな美しい家族と恵まれた"モノ"、家や財産が持てたんだぞとか言うけれど。たったいま、僕と妻はひどく苦しんでいます。そう、僕はいつも笑顔。うん、僕は魅力的かも。そうとも、僕はみんなを笑いで包むことだってできる。でも酷い苦しみの中にいる。過労、サービス残業、労務管理不足。どうすればもっと安全な場所で働けるか。これまでの人生でそういったことを学んでこなかった。友人からも家族からも孤立しています。いくつかの正当な理由で、です。
    今までずっと精神科にかかっています。僕にはかなり重症な不安と不眠があります。僕は米国軍隊歩兵隊で4年間過ごし、戦車の上で一瞬で熟睡できる人間だったんですよ!それがいまでは…きっと薬のせいでしょう。いま複数の薬を服薬している。ベンゾです。ベンゾとワイン。いまの人生それだけです」

    ― コメント②
    精神科医のコメント
    これは汚名であるだけでなくひどい仕打ちだ。睡眠不足は明らかに最大の問題のひとつです。他の医師はみんな自分が不眠の苦しみに直面しないとなかなかこのことを意識しないけども。私は精神医学を専門にし、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬の前にむしろ睡眠の問題に取り組んでいます。多くの場合、不眠は他の問題の根本的な原因になります。誰かがとても良い睡眠をとれているのにもかかわらず衰弱しきっている患者を連れてきて、“この人を見てみろ!”と言うまでわたしは睡眠と栄養の大切さについて永久に説き続けるつもりだ。わたしたち精神科医についてあまりにもファ◯クで非常識なエゴで満ち溢れているよこの記事は。熱心なお仕事、オツカレサン!」

    ― コメント③
    外科医のコメント
    このあまりに悲しい事実、しかしながらよく知っているお馴染みの話。本来なら受けるべき治療を拒否したり、何百マイルも遠い街に行ってわざわざ休診日に受診しキャッシュで支払いを済ましているドクター達のことを思いました。わたしは手術で必ずしも完全に治るわけではないという限界についてはいつも公に、そして患者さんに正直であろうとしています。しかし、自分自身のメンタルな病についてはけして口にできません。わたしたちは精神的な病やベンゾ物質使用障害などに対する汚名/偏見/無知を訴えることで、わたしたち医者“のみならず”患者も助けることになるはずだと思います。医者が治療を受けることができないなんて、患者や一般の人々はどう思っているのかしらね。」

    ― コメント④
    精神科医のコメント
    投薬方針の変更とやらでベン博士が断薬した抗不安薬について詳細が書いてありませんが、なんの薬だったのですか?これは明らかにベンゾの急性離脱症候群だと思うのですが。」
    ― パメラ医師の回答
    「Ativan(ロラゼパム、ワイパックス)とXanax(アルプラゾラム、ソラナックス)です。彼は何年もの間それらを服用していました。」

    ― コメント⑤
    外科医のコメント
    これら(精神処方薬)物質使用と自殺の関連性についてはどうだろう? かつてORドクターとして働いていたわたしはまず最初に医者や看護師がそういったクスリを服薬している数に注目していたんだが。」
    ― パメラ医師の回答
    別の研究調査が必要です。ちょうど今、麻酔科医の年次学会で”麻酔科医の自殺”について議題にあげようとしているのですが。(残念ながら今年はムリそうです)

    ― コメント⑥
    精神科医のコメント
    なんて貴重な情報でしょう! メンタルヘルスのプロとして、また外科医の夫を持つ妻として、今日中に夫とふたりでこのことについて話し合ってみようと思います!!!」

    ― コメント⑦
    外科医のコメント
    わたしのうつ病とPTSDを治療した精神科医について述べようと思います。(その精神科医は州で外科医を診断する精神科医としてわたしの治療に割り当てられた医者です)。わたしはもう自殺願望はないけれど、3年前、自分がよくそれを実行しなかったと思っています。その精神科医の初診から24時間以内に、わたしはもう患者を診察すべきではない、と委員会に報告され完全に手術の施行を禁止されました。突然です。受け持ち患者さん達の引き継ぎもなければ彼らのフォローアップに関する適切なケアの引き継ぎなどもまったくありませんでした。わたしはただ単に患者リストを渡すように求められ、いかなるコメントも禁じられました。それ以来、医師不足でわたしのスキルが求められているような地域で現場に復帰しようと思うものの、まだ怖くて実行に移せないままです。」

    ― コメント⑧
    ドクターの家族のコメント
    本当だったら避けられたはずのベン博士の死はおそらく政治的PR活動に利用され、精神薬のリスクとベネフィットを含む包含的な健康被害・危機については実例として扱われないだろうと思うと非常に残念です。わたしには家族にドクターもいれば他の医療従事者もいます。ぜったいに家族に同じ目にあってほしくはありません。そして実は、、じっさい私はアカシジアで死に至った例を個人的に知っています(それは私の娘です!たった19歳でした。処方薬による離脱症状で死にました。)わたしたちはもっと公衆に向かって啓蒙し、現場の精神科医が受け入れられるようなメンタルヘルスに対する薬物療法モデルの改善に挑戦すべきです。」

    ― コメント⑩
    外科医のコメント
    ドクターパメラ、あなたは真のパイオニアであり医師の自殺予防について考え行動し国民の議論を巻き起こす唯一の人だと思いました!米国小児科医学会では今年の5月下旬に米国のあらゆる職業の中で自殺率が最も高いと発表!
    そのすべてが外科医(を含む手術施行医療者)であるのはほんとうに悲しい!!その自殺率はなんとPTSDを抱える退役軍人の2倍以上ですよ!?
    …中略…
    … ということで製薬業界には1兆ドル(113超円)、オピオイド犯罪組織には235億ドル(2.5超円)わたしたち米国人は盗まれているということです!!!欲望と堕落!“ベンはAtivan(ロラゼパム)とXanax(アルプラゾラム)をいきなり断薬された。― それらは眠るために何年も服用していた薬” ― なぜ? 理由なんかない!“安全な薬”だからでしょ?!!
    先月ハーバード大学の外科医たちが連絡をとりあって集合し、すべてのハーバードOBのMD/JD/PhDが集まって誓いあいました。全米のわたしたち外科医に対する攻撃、災厄に真っ向から反撃することを!遅すぎたくらいだわ・・・」


    (翻訳&注釈:ベンゾジアゼピン情報センター 管理人


    著者:パメラ・ウィブル医師 Pamela Wible, MD
    パメラ・ウィブル医師 Pamela Wible, MD

    フィラデルフィア出身。1993年テキサス州テキサス大学医学部を卒業しMDを取得。1996年アリゾナ大学にてFP(Family Medicine)トレーニング修了。医師としての仕事の中でその重責からうつ病を経験し、2004年に退職。地域の同僚向けに「理想的な臨床」について話し合うタウンホールミーティングを主催するようになる。その後2010年、市からの強い要望を受けオレゴン州 ユージーンでクリニックを開院、“予約同日診療“を旨とする運営をしている。
    さらに医師および医学生を対象とした自殺防止ホットラインを開設。医師の働き方改革を目指して、ドキュメンタリー番組の制作やTEDMD専用チャンネルでの発信など精力的な活動をしている。